よく頼りにされる方へ

セッション内容は守秘義務云々以前の問題で、私が嫌なので他言しませんが、誰かのヒントになるかもと思った時はご本人に了承を得たり、自分の体験を例にしたりしてブログに書いています。

今回は、よく人に頼りにされる、頼まれるという方に向けますので、自分には当てはまらない、という方もいらっしゃいますが書いてみます。

まず何が言いたいかというと、誰も悪くないということです。

何も引っかかる事がない頼まれごとの場合もあれば、違和感がある事もあります。

言葉を変えると心底、好意で動けるものや、自分の首を絞めるものもあります。

後者の場合、どうしても違和感があっても、もし慈愛の精神等を目指しているとすると、自分をさておいてでも期待に応えようとします。

愛、という言葉を都合よく解釈されて、与えなさい、とプレッシャーをかけてくると感じることもあります。

その視点から見ると、断ることって意地悪という解釈になりうるから。

これが、一部のスピリチュアルの私が苦手な部分なのですが、それをしては心理面では後退となります。

断るあなたは、本当に意地悪なのか。

それで他者から責められたり、嫌われたり、理解されない者という扱いになるかもと心配するかもしれません。

しかし、よかったら考えてみてください。

その方があなたを心から大切だと思っていたら、関係をおかしくしないためにもそんな風には思わないですよね。

頼ってくる人も、断ったあなたも、誰も悪くない。

ここが大切なのですが、他者に従っているうちは慈愛の領域には、逆に決して達成しない。

簡単に言うと嫌々、人の希望を叶えたりご自身を責めたりする前に、自分自身にむけてやるべき事がある。

そして初めて、同様な事が起きた時に、心からその方を思って動ける。

自分もお相手も大切に出来る、と学びました。

ただそれだけなので、くれぐれも身を削る様なご無理だけはしないでいただけたら幸いです。

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